ブログ - 高田江里ピアノリサイタル

高田江里ピアノリサイタル

私がまだ高校生だった頃師事した作曲の恩師高田三郎先生の御嬢さん(と申しましても・・・ねぇ)でピアニストの高田江里先生のピアノリサイタルに行って参りました。

瑠奈子先生(三郎先生の奥様)がシャンとされてお客様皆様をお迎えくださるそのお姿にまず大感動でした!(御年〇〇歳ですからねぇ

没後10年を迎えられるお父上の高田三郎先生に捧げると言うこの演奏会のプログラムは前半がバッハ・高田・ショパン、休憩を挟んで後半が高田(独唱曲)・シューベルトと言う盛り沢山の非常に意欲的なものでした。

冒頭のバッハ「イタリア協奏曲」はハッタリの無い骨組みのしっかりした演奏で、正しくアナリーゼの講義を受けている様な演奏でした! 演奏会聴きに行ったと言うよりは、なんか勉強しちゃいました! 第2ステージの東北・北海道の民謡を元に作曲された「ピアノのための五つの民族旋律」は夫々の曲の色分けリズム感の多彩さを見事に表現されておられて素晴らしいものでした。続く第3ステージを私は最も意地悪な耳で聴かせて頂いたのです・・・何故って生前高田先生は合唱のコンサート直前の練習中に「俺の音楽を聴きながら食事は出来ねえぞ!」の名文句の前に、「ショパンは作曲家として認めない」ときっぱり仰っておられたのですから。それを知ってか知らずか江里先生は前述の民謡旋律、後半の始めのお父上の作品の真ん中にこの作曲家を据えておられたのでした。

しかしそれは本当に素晴らしい演奏でした。特に遺作は何度も聴いた曲なのに、あたかもこの曲で没後10周年記念でおそらく会場にお見えに成っておられるであろう父君への感謝を語るかの様な入魂の演奏でした。

休憩では様々な合唱指揮者・声楽家の重鎮方と御目文字させて頂き嬉しいばかりでした。

休憩明けは江里さんの娘婿にあたる売出し中のバリトン歌手、大森いちえい氏の独唱で高野喜久雄先生の詩によります「ひとりの対話」が勿論江里先生の伴奏で歌われたのですが、この歌い手さん本当に美声で何とも知的に歌われます。豊かな共鳴を持つ美声のバリトンでありながら、江里先生が三郎先生との対話を楽しんでおられる様なピアノ伴奏のまるで「ナレーター」の様に説得力は有るのに出過ぎた真似をしない素晴らしい歌唱で会場の喝さいを浴びておられました。高田先生もさぞ・・・・でも簡単に人の事褒めない先生だったからなぁ・・・

プログラム最後はよう最後にこんな曲を持ってくる体力をお持ちだと思わせるシューベルトのピアノソナタイ長調 D660

僕ね、演奏では無いコメントで恐縮なんですが、シューベルトって歌曲ではあれだけ見事な構成力と表現力を伴った作品ばかり星の数ほど残されておられるのに・・・どう考えてもそれ以外のジャンルの作品(弦楽作品には好きな曲もあるけど・・・トリオとかも・・・)の構成力に関しては感心出来ないんですがどうなんでしょうか!?

ベートーヴェンの作品に見られる様な曲終盤のしつこさとは全く違う「やり残した部分を反芻する」みたいな書き方にはどうもいただけない気がしまして

アンコールは非常にチャーミングなフランスっぽい曲(?)と本プログラムの中の「ひとりの対話」から「くちなし」が演奏されました。「待ちこがれつつ ひたすらに こがれ生きよと父はいう」の表現が心に沁みました。

会場が満席だったせいで私は前から3列目で聴いたのですが、「今の方が良かったね」と仰ったようにお見受けした江里先生の娘婿に向けられた笑顔が素敵でした。(因みに私は本プログラムの中のちょっと抑え気味の表現が何とも好きでしたが・・・)

帰り道で偶然私の母に会い仲良く電車に揺られながら帰って参りました。良い演奏会でした・・・そして、来年のローマでの江里先生との共演が益々もって楽しみになってきました!

この素敵な演奏会の帰り道で、しかし私は自分が今夜犯した大失敗を知らされる羽目になるのですが・・・それはまた後日

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